『花洛細見圖』、『十二月(つき)あそひ』、『羅生門』、『いはや』、『洛中洛外図屏風』、『選擇傳弘決疑鈔』、『漢書』、『丹鶴叢書』をコンテンツとして公開しております。インターネットに接続できるコンピュータ環境であれば、どこからでも閲覧できます。
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丹鶴叢書
『丹鶴叢書』は紀州藩附家老・水野忠央(みずの ただなか 一八一四 ~ 一八六五 新宮城主、丹鶴と号す)の輯刻になるわが国の代表的叢書のひとつである。
同叢書は弘化四(一八四七)丁末年から年を追って、戌申(一八四八)年、己酉(一八四九)年、庚戌(一八五〇)年、辛亥(一八五一)年、壬子(一八五二)年、癸丑(一八五三)年、と数点あるいは十数点ずつ計百五十四冊が刊行されている。
また、これらの叢書とともにほぼ同時期に外書と称される図書が数点刊行されている。「丹鶴外書」と冠した『大系圖画引便覧(おおけいずかくびきべんらん)』および『丹鶴圖譜(たんかくずふ)』『千歳例(ちとせのためし)』などである。
(「常照-佛教大学図書館報 第56号」より)
※電子資料庫では丹鶴叢書の一部を公開しております。 -
漢書
中国の史書である本書は、もとの所蔵者である故平中苓次氏(元立命館大学教授)によって紹介され、縁あって本学に蔵せられました。本書は完本ではなく、全三十六冊のうち三十一冊が閲覧できます。
朝鮮の庚子字により印刷されている本書の中には室町時代の京都五山の僧と思われる人の訓点や書入れが多く見られ、非常に価値のあるものと言われています。 -
選擇傳弘決疑鈔
浄土宗第三祖然阿良忠(1199-1287)の撰述にかかるもので、著作五十余帖を数えるなかで、『観経疏伝通記』とともに彼の代表的な著作物です。
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十二月(つき)あそひ
正月から極月(十二月)にいたるまで内裏、京の町々を中心に伝わる年中行事や遊びの数々、季節の自然などが月ごとに描かれた絵巻です。京都に住まうものにはなじみの深い地名や、多すぎて「人の心を迷わし悩ます」という花の名所も登場します。いまに伝承される行事や風物もありますが、この絵巻が製作されたころ(江戸中後期ごろか)と現在とでは違ったかたちで残っているものなども多く、比較しながら楽しむこともできます。美しく楽しいひとときを思いおこさせるだけでなく、いくつかの貴重な時代風物を映しており、近世のみならず近現代にまで示唆に富むさまざまな要素をもった史料といえます。
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羅生門
『羅生門』絵巻は平安時代の武将・源頼光(948~1021)による鬼退治武勇伝に源氏伝来の「鬼丸・鬼切」の名刀伝説を織り交ぜたものがたりで、舞台は平安京、成立は室町時代中期頃といわれています。このものがたりには羅城門のあった現在の千本九条あたりはもちろんですが、多田、摂津国、丹波国・大江山、堀川通り一条戻橋、正親町の橋詰、二条大宮、八条坊門、男山、大和国・宇陀の郡、二条の御所、河内国・高安の里、唐土、長岡、横川等の地名や場所がみえます。
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花洛細見圖
古今刊行されつづけている京都本のひとつです。元禄十七(1704)年の序をもち、表紙題簽には「寶永」と冠する地誌ですから、江戸期の京都本のなかでは中期にかけてのものといえましょう。元禄時代の京都は町人文化が花開いた時期です。商業出版も盛んになり、書肆が多く立ち並び、本学に近い西陣は機織の音もさぞかしにぎやかだったと思います。「花洛」とは花の都京都のことであり、京都の社寺仏閣や花の名所とともにおもな年中行事をあわせて紹介しています。
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いはや
『いはや』の書名については、置き去りにされた主人公の姫が一時期育てられた住居に因むものであり、『岩屋の草子』『岩屋』『岩屋物語』『岩屋姫物語』『対の屋姫物語』などの多様な名称で呼ばれています。本文系統についても、和歌を多く含む本文から簡略化された表現の本文をもつものまで多様な形で伝承されており、現在は散佚して存しない王朝物語『いはや』を改作した御伽草子といわれています。
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洛中洛外図屏風
本学所蔵の「洛中洛外図屏風」は、寛文年間(1661-1673)頃に製作された、京の様子を描いた屏風絵です。描かれている風景は、それよりも前の時代、おそらくは寛永3 年(1626)頃のものと推定されています。時代的には、3代将軍徳川家光が京の都の指揮を執り、幕藩体制が安定している時期にあたります。今は失われた方広寺代仏殿や二条城天守閣、さらには「祇園祭」「葵祭」他、さまざまな京の町並みや風俗を鮮明に描いており、江戸時代初期の京に生きる人々(公家、武士、農民、商人など)の在り方を、今もなお味わうことができる作品となっています。