DB004700009241 |
唯識学派の『金剛般若経』理解 |
Yogācārin's Understanding of Vajracchedikā-prajñāpāramitā-sūtra |
『中辺分別論』において登場する「無の有」という空性の相は、唯識学派が諸法に 「二取の無」という自性の存在を肯定していることを表す。このような自性肯定的な 空の理解は無着の『金剛般若経』の註釈である『三百頌般若に対する七十頌』と世親 によるそれの復註である『能斷金剛般若波羅蜜多經論釋』からも確認できることであ る。本稿は『金剛般若経』の逆説的表現に対する無着と世親との註釈を中心に唯識学 派が『般若経』の空をどのように理解したのかを考察する。 『金剛般若経』は逆説的表現を通じて「一切法に自性がない」ことを表す。それを 無着と世親は「一切法には無自性という自性がある」と表現する。これは自性がない ことを一つの自性として認め、その存在を肯定することである。このように、唯識学 派は『般若経』の空を自性肯定的な考え方をもって理解したということが、『金剛般 若経』の逆説に対する註釈から確認される。 |
無の有, 空, 逆説, 自性, 『金剛般若経』 |
Departmental Bulletin Paper |
日本語 |
金俊佑 |
KIM Junwoo |
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 |
佛教大学大学院 |
18833985 |
47 |
19 |
32 |
2019年03月01日 |
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https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0047/DB00470L019.pdf |
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_DB004700009241 |
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