坪内逍遥の『小説神髄』は曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』に代表される勧善懲悪主義を否定し、写実主義の主張をしたものである、というのが通説である。確かにそのような一面もあるが、「緒言」を手掛かりに考えていくと、馬琴の勧善懲悪主義そのものではなく、馬琴の亜流、勧善懲悪主義を隠れ蓑として読者に媚びる劣悪な小説を量産していた『小説神髄』発表当時の戯作者たちを直接の批判の対象としていたことが分かる。批判の対象とされていた戯作者たちも、自分たちが『小説神髄』によって批判されていたことを意識しつつ、創作を続けていったのである。 |